
今から千四百有余年前、近江国蒲生寺村の観音草堂にそれはそれは美しい尼層様が住んでおられ尼僧様に三兄妹の小姓が寺村の小姓ヶ淵に住みながら仕えておったそうです。
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ある年いつもの年とは違い、日照りが続きどの田も地割れができ、稲は立ち枯れ、他の作物にも影響がでて大干ばつになりました。
村人たちは困り果て寺村の側を流れる佐久良川(当時近江国蒲生河)の小姓ヶ淵より「はねぎ」を利用して水をかいだし田畑を潤すことにしましたが、それもすぐに底をつき困りはてていたある日、小姓ヶ淵に行ってみると冷たい清水で小姓ヶ淵が満杯になっていました。喜んだ村人たちはその水に、手を合わせ拝みながら田畑に水を入れるのですがすぐに空になります。水がなくなって村人達が困るとまた水が淵に溜まる。この事が繰り返し行われるようになりました。 |
| 不思議に思った村の若者が、夜こっそりと淵に行ってみるとそこには観音堂に仕えていた三兄妹の小姓が、その姿は人間ではなく『人か魚か』見分けがつかない姿で、奥より水を入り口の淵へ尾を利用して水を跳ね出している光景を目の当たりにしました。若者は今見たふしぎな様を誰にも話さずにいたのですが、やがて村人達の間に、小姓ヶ淵に「不思議な物がいる」という噂が立ちました。その噂は村から村へ広がり話を聞いた心ならず者が、夜中にその淵に行き、投網により一物を捕まえてしまいました。 |
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それはなんと人魚だったのです。
以来、不思議な物として豪商らにより人から人へ渡り歩きましたが、あるお方が観ずるところがあって、この奇物をいたずらに俗家に秘しても、益なしと、川合願成寺に納められ、この人魚は立派なお厨子に安置され、観世音の御加護をうけ安らかに眠っています。 後の一体は、蒲生河をさかのぼり小野村までのぼりましたが、ついに捕獲され死んでしまいました。村人は人魚塚を造り手厚く葬ったと言われております。 また、残りの一体はたまたま近江国蒲生野へお布教をされておりました弘法大師さまのお供をし、高野山魔萱堂仁徳寺観音堂へあがったと言うことです。 ─ 近江国蒲生寺村小姓ヶ淵人魚の由来より ─ |