地域医療の現場から
人を愛し 人に愛され
=東近江市永源寺診療所長 花戸貴司=
◆東近江・東近江市◆
プロフィール
【はなと・たかし】さん
1970年6月生まれ。長浜市出身。虎姫高校から自治医科大学医学部卒。滋賀医科大学、湖北総合病院に勤務後、2000年4月より現在の診療所に勤務。主な役職・日本小児科学会専門医、滋賀医科大学臨床教授(プライマリケア医学教育)、滋賀医科大学総合診療部専門診療科指導医、日本医師会認定産業医、学童野球「永源寺ファイターズ」チームドクター
東近江市永源寺地区は、人口約六千五百人の「まち」です。平成十二年四月、この「まち」にある診療所に赴任し、そこから私のここでの地域医療が始まりました。近年、病院の医師不足などにより地域医療の崩壊などと言われるのを耳にしますが、地域医療とは何でしょうか?
私が考える地域医療とは
◎その地域を愛し誇りを持つこと
◎医療者のための医療ではなく、地域の
方に喜ばれ評価される医療であること
◎地域包括医療を展開すること
このことをいつも念頭に置いています。
地域の医師の役割
例えば、うちの診療所で長年診てきたおじいちゃんが風邪をこじらせて肺炎で入院したとします。その病院へ訪問すると、おじいちゃんがあまり幸せそうな表情ではない。肺炎なのだから元気がないのは仕方ないと思いますが、病気以上に弱っているように見えてしまいます。自宅では大切な家族の一員であるはずのおじいちゃんが、病院では一人の患者でしかない。
しかも、食事の時間や生活の空間など病院での画一的な生活リズムに合わせなければいけない。これでは心も身体も窮屈になってしまいます。おじいちゃんは言葉にはしませんが、本当に望んでいることは何でしょうか?
病気の急性期といわれる不安定な時期を過ぎ、症状がある程度落ち着いた時期になれば、できるだけ早く住み慣れた家に帰り、大好きな家族と一緒に生活したいと思うのは、ごくごく当然のことではないでしょうか。そして、その希望を叶えてあげることこそが、地域の医師の役割ではないかと思います。
患者さん中心の医療
現在、当診療所では約四十人の方の訪問診療を行っています。家で生活できるという安心感からか、皆さんとてもいきいきと生活されています。しかし、在宅医療は医師一人ですべてをカバーすることはできません。このため、多くの人たちとチームになって家で生活される患者さんを支えています。
看護師が訪問看護に行き血圧や血糖値を測る、床ずれがないかをみる、また必要であればすぐに医師に連絡をとり処置を行います。介護保険を利用されている方なら、定期的にヘルパーさんやケアマネージャーさんと連絡をとり、患者さんの状態や、家族が困っていることなど情報を共有します。時には行政に仲間に入ってもらい、在宅療養に必要な制度を教えてもらったりもします。そして、最後に医師の出番ですが、私は訪問先で患者さんやその家族と一緒にのんびりと話をするだけです。このように、患者さんが我々の都合に合わせるのではなく、我々が患者さん中心の医療(あるいは介護)を行う。この互いを思いやる気持ちが、家で生活する人たちの安心感につながっているのだと思います。
看取りは命の教育
在宅では元気に生活しておられる患者さんばかりではありません。訪問診療を行っている患者さんも年間十人前後の方が、家で最期を迎えられます。ほとんどの患者さんが奥さんや息子さん、お嫁さん、お孫さん、そして近所の方などたくさんの方々に看取られて静かにお亡くなりになります。非常に落ち着いた、穏やかな最期であるとともに、看取られた家族の心に深く刻み込まれる時間でもあります。私自身、中学生の時に父を亡くしましたが、身近な人の死を経験することは、命の大切さを学ぶことのできるすばらしい教育だと思います。
近年、いじめや殺人など人の命を軽んじるような事件が多くなっています。その背景には、人間の命もゲームのようにリセットできると思っている、家族や友達がいなくなった時の悲しみや寂しさがわからない、といった子どもたちがいることも事実です。でも、このような家族の絆や命の大切さを経験した子どもは、将来きっと思いやりを持てる大人に育ってくれると信じています。
人に支えられ
今、行っているような在宅医療活動も最初から自分一人でできたわけではありません。やはりそこに至るには、自分を必要としてくれる地域の方々との出会いがありました。診療所に赴任して半年が過ぎた頃の出来事です。医師住宅の裏庭に、朝、畑でとれたばかりの野菜が置いてありました。患者さんからの届け物らしいのですが、誰が置いたのかわかりません。見返りを求めない贈り物に、本当の感謝の気持ちが伝わってきました。地域の人に、自分の存在を認めてもらえた、という嬉しさがこみあげてきたことを今でもはっきりと覚えています。
地域に役立ちたい
このように地域医療というものは、医療を通じておこなう「まち」づくりだと考えています。たとえ医師が少なくても、大病院ではできないことでも、地域ならできることがあると信じています。この永源寺という「まち」には自分を必要としてくれる人たちがいます。せっかくその地域で仕事ができる機会をいただいたからには、自分ができることをその地域に還元したい。そして地域の人たちの笑顔をもっと見てみたいと思います。
何十年か後に、この永源寺に住んでいてよかったと思えるような「まち」にできるよう、腰を据えた地域医療を行っていきたいと考えています。
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