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一言・一筆

   (Oldish Boyの仲間たち)

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湖灯塾「野洲からレボリューション」

(2006.3.14 記)

 全国高校サッカー選手権優勝、野洲校サッカー部監督 山本佳司氏の講演。あれ以来、講演などで引っ張りだこのようである。

 若々しく情熱がほとばしるような雰囲気を持たれた好感の持てる先生。
日頃から、スポーツには縁のない私だが、青年諸君(高校生)がこの先生のもとで練習に励み、成果をあげるのが分かる気がした。
そんな話ぶりに引き込まれた。

 講演のなかから印象に残った話。
 サッカーをやるものが究極に目指すのは世界で活躍できる一流選手になることであって、全国大会(高校選手権)で優勝することではない。一流選手になるためには人格が形成されなくてはならない。
 教育の一環としてスポーツをやるのではなくて、人を育てる手段としてスポーツをやる。スポーツを通して人を育てる。
 (最近の高校野球部員の不祥事を見るにつけても、こんな視点からの教育も必要なのではと、話を聞きながら思った)

 世界に通用する(グローバル・スタンダード)ためには、「ちょいずる」(少し狡い、駆け引きにたける、だまし)もあってよいのではないか。
  正々堂々などといっているのは日本だけ。日本の国技・相撲では仕切りで先に立ったらとか、待ったをかけたら・・・。といっている。
(元寇のとき、名乗りをあげて一騎毎に飛び出して行く日本の侍に、元の兵士は集団で襲いかかり、爆裂弾で迎え撃った。という。21世紀の現代でも、日本人は私も含めて未だにそんなところがある。相撲の立ち上がりを実に不思議と感じた子どもの頃からの疑問が解けないまま今日まで持ち越している私である。話のなかで、またまた、そんなことを考えていた)

 話の要点は京都新聞で、今月は10日(金)午後6時から開催された。

講演「話しかけてくる声」(続き)

  (2006.3.14 記)
 竹内敏晴先生のお話から、更に一つ、二つを紹介しましょう。

 「話し言葉」は次の3つに分類できる。
@ 情報伝達のことば。
   私たちの二以上会話がこれになる。
A まことのことば。
   例えば、若い男女が交わす「月がきれいね」のまことのことばが「愛しているよ」になるように。
B 呼びかけのことば。
   例えば、昔、私たちが幼かったとき。友達の家の前で、あそびに誘ったときの節を付けての呼びかけ、
   「○○ちゃーん、あそびましょー」

 「歌うと訴うとは同根」
 情景を思い浮かべられるような歌を歌おう。
現在、小学校で先生が教えている唱歌はメロディーだけが強調されているが、もっと歌詞を大切にして欲しい。

 例えば、「夕焼け小焼け赤とんぼ」が、「夕焼け小焼け赤とんぼ」でもなく、「夕焼け小焼け赤とんぼ」でないことを考えたことがありますか?
と問いかけられる。
 「夕焼けの赤」と「赤トンボの赤」が重なって「夕焼け小焼け赤とんぼ」になるのだと。

 また、「あなたと私、仲良く遊びましょう。大きな栗の木の下で」の歌を考えみましょう。
栗の木の下はそんなに楽しい場所でしょうか?
その花の匂いは決してよいものではないでしょう。実がなる頃はイガが頭上に落ちてくる危険もあります。
といって。
 先生も随分調べられたが、わからなかったそうである。 

講演「話しかけてくる声」

(2006.3.12)

 八日市図書館で開催された「竹内敏晴講演会」。
こどmそのごく一部をご紹介しましょう。
先生は竹内演劇研究所を開設し、ワークショップ「からだとことばのレッスン」を主宰。の経歴から想像されるように、演台を前にして一方的に話されるのではありません。

 写真のように、聴衆の前まで出てきて、私たちが日頃、「話し合っている言葉」について基本的な解説の後は、体と言葉のレッスンが始まりました。

 そのうちの一つ。
 グループから任意に選ばれた5名が、ひとかたまりになって、それぞれ前を向いて椅子に腰掛けている。
 その後ろ5bほどの距離から一人の人が呼びかける。
 「こちら(私の方を)を向いてください」と、
 そこで先生は5人に尋ねます。
 「貴方は自分に呼びかけられたと思いましたか?」
 5人は先生に、それぞれ答えます。
 自分だと思った人、自分でないと思った人、何人かに呼びかけられたが、その中に自分が入っていると思った人、自分は入っていないと思った人などなど。

 先生は、これを見ていた他の聴衆にも、尋ねられます。
 「誰に対して、呼びかけたと思いますか?」
なんと、呼びかけた人の相手が聴衆のうちの多くの人にも分かるのです。
 
 興味のそそられる実験でした。

人間は何を食べるのがよいか

(2006.3.10)

 今、田村一二著「茗荷村見聞記」を読んでいる。
この本についてはいずれ報告するが、今日はその中の文章の一節を取り上げて紹介したい。

 「人間の食物は種類的には、せいぜい人間から遠いものを食べるのがよい。
動物より植物、植物より鉱物。鉱物は塩と水。それから野菜、木の実、穀物がよい。
動物なら虫、貝、魚、鳥、獣の順。獣でもほ乳類が一番近いから一番いけない。

 距離的には近いほどよい。
だから・・・・  自分が今住んでいる土地にとれるものを食べるのが体に一番良い。

 それから、季節的には、その季節のものを食べるのが一番よい。
夏には夏のもの、冬には・・・・・  。
近頃のように、夏に冬のものを、冬に夏のものを、珍しいとかいって食べるけれども、
食の道からいって、邪道の極みである。

 次ぎに、自分の手足の力で捕らえられるもの、撮れるものを食べるのが一番良い。・・・・・  老人には牛も豚も無理であろう。せいぜい鶏か魚か貝ぐらいであろう。つまりそういうものが、年をとると、自然に、好きになるのも、天然自然の理(ことわり)である。」

 読んでいて、面白くもあり、首をかしげるところあり、納得するところがあり、今の食生活をしきりに反省させられました。
自分に置き換えてみると、
「わかっちゃいるけど、どうにもなりません。例え、そんな環境に住んだとしても、非力で不器用な私の甲斐性では、動物性タンパク質の摂取は虫(?)か、貝と言うことになりかねません!」

 皆さんのお考えが聞きたいものです。

Radio Sweet 「FM ひがしおうみ」に出演

 東近江市のコミュニティ放送「FMひがしおうみ」にパーソナリティとして活躍中の谷口和子さんからお誘いを受けて、出演しました。
 彼女とは、1994年に八日市市の友好親善使節団のメンバーとして姉妹都市であるマーケット市(アメリカ)を訪問して以来の友人です。

 当日午後6時から、もう一人のパーソナリティ・須田美智子さんと谷口さん、そして私の3人の鼎談になりました。

 僅かな時間でしたが、今年4月で10年目を迎える「八日市日本語教室」(ボランティア)の紹介をしました。
 最近の教室の模様や先日の「BNN 外国人による日本語スピーチ大会」で八日市教室から2名も参加して、最優秀賞を獲得したことなどが話題となりました。

 市内や近くに居住している外国の方々で日本語を勉強したい方は是非いらっしゃいと呼びかけました。また、この放送を聞いていらっしゃる日本人の方には、近くにそうした外国の方がおられたら、是非「日本語教室」を紹介してあげてくださいとお願いしました。

 八日市日本語教室についてのお問い合わせはhttp://www.bcap.co.jp/siraki 又は (3/4世紀生きただけの男)までと。
                                                   写真は谷口さんと私。

映画「単騎、千里を走る」

 (2006.2.27)
 上映期間終了間近とあって、急いで観に行った。今回も読売YCの鑑賞券を頂戴して、彦根ヴィヴァシティシネマまで。
日中合作映画、監督は中国人のチャン、主役は高倉健。
日本と中国で、それぞれ長く別離の子に、父親が絆を求めて再会を目指す2組の物語。

 中国の奥地・雲南省の大自然。
黄土と土柱の日本では見られない風景(山容)や集落・中国風家屋の俯瞰を旅心でもって楽しんで見た。

 この虚実取り混ぜた映画に、ときには感興を呼び起こさせ、ときには損なわされた。

 中国語が話せない高倉が自分の願いを現地語に通訳したビデオに撮る。そのビデオが役所の責任者を感動させて、刑務所での犯人との面会だけでなく、犯人に劇を演じさせ、その劇を刑務所内に持ち込んだカメラで外国人に撮影を許可する。
そんな中国なんて私には到底想像できない。

 画面で見る限り、この荒漠とした黄土の地でこれだけの人家が見える。この人たちの生活は決して裕福では無かろう。
 しかし、高倉が父親に会わせるために少年を探しに来たと知ると、友好的な村人は大歓迎の宴を催す。
なんと家と家との間の路地に長いテーブルを延々と並べる。画面からでも100bももっと越えるのではと思える程、そして人数からは到底食べきれない料理がわんさと置かれている。
虚構を見せつけられる思い!

 出演者の殆どが現地の素人ということだが、真実が描かれていると思わせる場面もまた沢山ある。
例えば、村人が男女を入り混じって、喧嘩でもしているかのように侃々諤々の論争をするところや男が泣く場面では目から涙を流すのではなくて、鼻水やよだれを流す姿(話では聞いていたが、見るのは始めて)。
夜に村人が総出で少年を探すところでは手に手にたいまつを掲げているところなどなど。

 父のいなくなった子どもは村の子どもとして育てる人情。しかし父の居所が分かれば、子どもの意向などは無視され、何としても父の元へ行けと高圧的な村長の姿に迫力があるのも、脚本と現実が似合ってのことだろう。

 涙もろい私だが、この映画ではハンカチを必要としなかったのは、鑑賞方法がちょっとひねくれていたからだろうか?