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(Oldish Boyの仲間たち) |
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『ガンが病気じゃなくなったとき』(2006.2.20) |
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「生と死を考える会 淡海」主催の一年に一回の講演会が、今年も近江八幡の信愛館で開催された。講師には岩崎順子さん。(和歌山在住) 演題は『ガンが病気じゃなくなったとき』。 そして、これはまた、ご本人の著書の題名でもある。 小学2年生を頭に2男、1女の家庭に突然、主人の肺ガンが見つかる。 自分がガンであることを北海道の両親に告げに帰る夫。 そして、治癒を願っての手術は既に手遅れであった。 西洋医学では治療の術が無いとの医師の宣告を受けて、自宅で自らの自然治癒力を信じて、あらゆる方法と懸命の努力を尽くす夫婦。それを支える姉夫婦。 もはや、自力では入れない風呂。でも、それが本人の切なる願いと知ると、姉夫婦に両側を抱えられ、順子さんは足下にひざまずいて、やせ細った足首を持って一歩、一歩、と前に進める。子供たちはその側で、「父さん、がんばれ」と、手を叩く。浴槽には跨いで入れない夫、体重は30キロそこそこまで減っている夫を抱きかかえて、一緒に湯に入ったという。 そして死期が近いと悟った順子さんの知らせでやってきた夫の両親。父親は一人息子のひげを剃ってやっていた。漢方薬や大小便の臭いの中での出来事である。 やがて死、その遺体を子どもに触らせる。子どもはやがて、父をさすり、父のために歌を歌い、お腹の上に馬乗りになって遊んだという。 その日々のすさまじさを岩崎さんは微笑みさえ浮かべて話す。 それだけに、聞くものには心が締め付けられる。こんな感動を覚えた話を最近聞いたことがない。 |
今年も、ほぼ満席に近い聴衆が参集された。 講演が終わり、司会者のもとめに応じて、感想を述ようとマイクを手にした一人の婦人は、感極まって話す言葉もしどろもどろ、とうとう嗚咽で言っていることも分からなくなったが、会場の皆さんには充分通じた。 |
| 岩崎さんを駅まで、送ることになって失礼を顧みずに、車中でお歳を伺った。私と30年の開きがある。 講演の最後に、岩崎さんが纏めのように話された内容(生とは、死とは、生きる意味とは)を噛みしめながら、近年ようやく、それに近い心境になってきた私を顧みて。この人のすごさを思った。 いい人に囲まれて羨ましいような岩崎さん。亡くなったご主人は本当に幸せな人だった。この子供たちもこんなお母さんに育てられてどんなにか幸せ。 著書をインターネット(岩崎順子)で調べた。出てくるは!出てくるは! 残念ながら、東近江市の図書館には無かった。 著者サイン入りのこの本、じっくり読んで、いずれこのホームページでご紹介したいと思っている。 |
2月度の湖灯塾から(2006.2.19) |
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京都新聞近江八幡支局の湖灯塾は、「不思議のアーティストたち〜「ギャラリーNO−MA」の魅力〜」と題して、絵本作家であり、NO−MAアートディレクター・はた よしこさんの講演が行われた。 はたさんがたまたま出会って、衝撃的な感動を受けた絵画が知的障害者といわれる人達の作品だった。 私も、そうした作品には何度も接する機会があったが、身近な近江八幡にこうしたギャラリーがあることを全く知らなかった。 ここは知的障害者のためのギャラリーではないところに惹かれた。 |
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「ギャラリーNO−MA」は、JR近江八幡駅から徒歩50分とある。現在、公募によって選ばれたアートディレクター北海道旭川市の工藤さんによる企画展が開催されているというので行くことにした。 名付けて『大地に生える気』。 湖灯塾の会場から車を出して貰って、何人かずつ分乗して出掛けた。 いかにも落ち着きを感じさせる町家。ここは確か「伝統的建築物群保存地区」の筈。私の知人の宅はこのあたりだ。 右の作品は縄文造形家「猪風来(いふうらい)」氏の作品の一つ。 庭の倉庫に4点ばかり、展示してある。 異端視される作家とか聞いたが、その迫ってくるような力、エネルギーを放射しているようだ。 いつまでも見ていたいような作品。だが寒いので・・・。 門を入ったところから、階下、2階。文字通りボーダレスで、障害者の作品が、芸術家の作品と並べて展示してあって、全く違和感がないことに、やがて気付く。 |
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![]() 池田さんのお弟子さんによる五重奏。ハープの五重奏を聞くのは始めて経験だが、池田さんの話ではアイルランドでは10台で演奏することもあるそうな。 【このコンサートは、工藤さんがアートディレクターに選ばれたのを知人の池田さんがお祝いの意味で開催されたものと聞きました】 |
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今回の湖灯塾で、私は実に多くのことを知り、学び、感動した。 |
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「日本語教室へ いらっしゃい」(2006.2.18) |
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| 昨日、滋賀県長浜市で自分の娘と近所の幼児2人を自分の車に乗せて幼稚園に送る途中で、運転していた母親が乗せていた近所の子ども2人を刺殺して車外に放り出した事件が報じられた。 今朝の新聞でも第1面に大きく取り上げられている。 考えられないようなことが毎日のように起こっている。 加害者の母親は中国籍で1999年に来日し、翌年には日本人と結婚したとある。 この母親は、日本語が上手に話せないことや他の母親となじめないでいることなども書かれている。 私は、それが全てとは思わないが、要因であることは間違いないと思う。 日本人は私も含めて、外国を旅行することが多いが、それは添乗員付き、ガイド付き、ホテルは一流ホテルで、行く先々では乗り物や観光施設の入場手配がされ、食事時には客を迎えるばかりに準備されている。 でも、仮にこの地で暮らす、この地で働く、この地で生活する場合のことを、考えてみたことがあるだろうか。 【言葉が話せない、漢字が読めない人は自販機でジュースは買えても、 スーパーへ行って、塩と砂糖を間違えなく買えますか? 駅で切符が買えますか? 病気になったらどうしますか? 生活習慣の違い。この広い世界にたった自分一人。それをどう乗り越えますか?】 私たち「八日市日本語教室」は、外国からやってきた人達がこの地域で生活するためのお手伝いをしようと発足した。 ここは、ボランティアの指導者から日本語を学習するだけの場ではない。 ここには同じように外国からやってきた人達がいる。言葉が交わせなくても、そうした人が身近にいるだけでも心強いではないか。 困ったり、苦しんだり、悩んだりしている人が他にもいるのだ。 時には、指導者と学習者が一緒になっての生活相談の場でもある。先輩の学習者が通訳をしてくれる。 そんな人達のサロンでもありたいと願っている場でもあるのだ。 「八日市日本語教室」へいらっしゃい。 家に閉じこもっていた人に別の世界があります。 元気になった人。ご近所で活躍している人。そんな事例が沢山あります。 そして、日本人で他所から引っ越して来て、地域になじめず悩んでいた若いお母さんも、このボランティア活動(日本語指導)を通して新しい自分を見つけ、いきいきと他の分野で活動している方もいます。 |
「えんめい短大」(2006.2.15) |
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| 資料によると、旧八日市市の八日市地区老人クラブ連合会が協力して、運営委員会を組織し、ヘルスパイオニアタウン事業として、「えんめい短期大学」を開講されてきた。今回は第17回。受講対象は市内在住のおおむね60歳以上とある。 私が居住する地区とは異なるのと易き方に流れるのではないかとの思いもあって、長く参加はしていなかったが、たまたま目についた講師の名前に惹かれて受講させてもらって数年が経った。
今日、2月15日は卒業式。 今日。講座の最終回は地域の音楽グループ『とうりゃんせ』(女性18人)による童謡の発表があった。 |
外国人による日本語スピーチ大会(2006.2.6) |
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BNN(びわこ日本語ネットワーク:会長 金綱蓉子)創設10周年の記念大会となった第2回「外国人による日本語スピーチ大会」が2006.2.5(日)。大津市のピアザ淡海・ピアザホールで開催された。 オープニングから講演やアトラクションなど。来賓には国松知事、目片大津市長、国会議員の挨拶と記念大会に相応し
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小学校3年生のマリアちゃんは演台を嵩上げしてもらって、その上から、よく通る声としっかりした話し方で、 |
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八日市日本語教室の指導者7名は大会運営スタッフとして、併せて出場者2名の応援もかねて出掛けました。 |